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秋田地方裁判所大館支部 昭和28年(ワ)60号 判決 1953年12月24日

原告 桜庭真

被告 秋北乗合自動車株式会社労働組合

主文

被告組合が、原告に対してなした昭和二十八年三月一日の組合員としての権利停止処分並びに昭和二十八年三月二十七日の組合よりの除名処分は、いずれも無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として次のように陳述した。

一、被告秋北乗合自動車株式会社労働組合(以下単に組合と称する)は、訴外秋北乗合自動車株式会社(以下単に会社と称する)の従業員をもつて組織する労働組合であつて、原告はその組合員である。

二、被告組合は、原告の次のような行為をもつて、その組合規約第十三条第二号にいわゆる「故意又は重大な過失により組合の名誉を毀損し組合に甚大な損害を与え又は組合の秩序を乱したもの」として、被告組合の訴外執行委員会の決議により、原告に対し昭和二十八年三月一日、同日から六ケ月間組合員としての権利停止の、次いで同年同月二十七日、組合よりの除名の各処分をなし、原告は、いずれもその当日被告組合から右各処分の通告を受けた。

(一)  原告は、昭和二十七年十月下旬頃、訴外会社の従業員内に乗客運賃を着服している者があるとの風評を聞き、当時右調査に当つていた右会社の訴外庶務部長からの注意もあつたので、その頃、予ねて噂に上つていた右会社車掌である訴外某を会社の裏に呼んで事の真否を確かめたところ、同人は、右運賃の一部着服の事実を自認したが、同人が入社後間もない者であり、且つその金額も多くはなかつたので、原告は、右事実を上司に報告することを留保することにして同人に注意を与えたのである。

(二)  その後、右(一)の事実に関連して、原告が、右訴外某に対して同人の着服した金の分配方を要求したとか、運賃着服の手段を教えたとかの風評もたつたので、原告は、かくては自己の会社従業員としての名誉信用にもかかわるので、同人に直接糺してみる必要があると考え、同人に対し勤務が終えたら来て欲しい旨呼びかけたことがあつたが、これに応じなかつたので、その後、同人に対し若し応じなければ同人の右着服事実を上司に報告する旨の書面を出したものである。

三、しかしながら、被告組合の原告に対する右権利停止並びに除名の各処分は、次の理由により無効のものである。

(一)  原告が会社の車掌である右訴外某に対してなした前記行為は、何等組合規約第十三条第二号に該当するものではないから、右各処分はその理由において著しく不当である。

(二)  被告組合規約第二十二条によれば、組合員に対する制裁は、大会の決議によらなければならないのにかかわらず、本件各処分は、右大会の決議によらず、権限のない訴外執行委員会の決議によつたものであるから、その手続にかしがある。

四、仮りに、右手続にかしがなく、且つ右権利停止処分が有効であつても、被告組合は、原告に対し該処分の理由となつた原告の同一行為を理由として更に除名処分をなし、重ねて制裁を行つたものであつて、右除名処分は、不法不当であるから無効である。

五、以上のように、被告組合が原告に対してなした権利停止並びに除名の各処分は、いずれも無効であるから、その無効確認を求めるため本訴に及んだ次第である。(立証省略)

被告組合代表者は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として次のように陳述した。

一、原告の請求原因中、一のすべての事実、二の事実のうち、被告組合の訴外執行委員会が、いずれも原告主張の日原告に対してその主張のような各処分の決議をなしたこと、原告がいずれもその主張の日被告組合からその主張のような各処分の通告を受けたこと、右各処分は、いずれも原告が組合規約第十三条第二号に該当することを理由とするものであること、二の(一)の事実のうち、原告主張の頃、その主張のような風評があつたこと、原告がその主張の頃会社の車掌である訴外某を会社の裏に呼んで確かめたところ、右某が原告主張のような事実を自認したこと及び二の(二)の事実のうち、原告がその主張のような意図を持つたという点を除きその余の事実はこれを認めるが、その他の原告主張の事実はすべてこれを否認する。

二、被告組合が原告に対して権利停止処分をなしたのは、原告が組合規約第十三条第二号に該当する行動をなしたからである。

しかしながら、被告組合がその後になした原告に対する除名処分は、先になした権利停止処分の理由となつたところの原告の行動を理由とするものではないから、同一理由により二重の制裁を行つたものではない。被告組合は、原告に対し先に権利停止処分をなしたところ、その後原告から該処分を不当として再審査を要求され、若し再審査をしなければ、組合から脱退する旨の意思表示を受けたのである。すなわち、被告組合は、原告が右権利停止処分の組合決議に反抗したので、これを組合規約第十三条第二号に該当するものと認め、且つ原告から組合脱退の意思表示を受けたが、組合規約には脱退の規定がないところから、原告に対し除名処分をしたものである。

三、右権利停止並びに除名の各処分には、原告主張のような手続上のかしはない。本来組合員に対する制裁は、組合大会において議決すべき事項であるが、本件に関しては、昭和二十八年一月二十八日の組合大会において、原告に対する組合規約第十三条の制裁の一切はこれを被告組合の訴外執行委員会に一任する旨決議があつたので、特に右執行委員会が被告組合から権限を与えられて右各処分の決議をなしたものであるから、いずれも被告組合の処分として有効なものである。

以上の次第であるから、右いずれの点よりするも原告の本訴請求は失当である。(立証省略)

理由

被告組合が、訴外会社の従業員をもつて組織する労働組合であり、原告がその組合員であること、被告組合の訴外執行委員会が、いずれも原告主張の日、原告に対する組合員の権利停止並びに除名の各処分の決議をなしたこと及び原告が、いずれもその頃被告組合から右各処分の通告を受けたことは、当事者間に争のないところである。

ところで、原告が右のように被告組合から権利停止処分を受けるに至つた理由が、

一、原告が、昭和二十七年十月下旬頃、訴外会社の従業員内に乗客運賃を着服している者があるとの風評を聞き、当時その調査に当つていた右会社の訴外庶務部長からの注意もあつたので、その頃予ねて噂に上つていた右会社の車掌である訴外某を会社の裏に呼んで確かめたこと。

二、その後右事実に関連して、原告が、右訴外某に対し同人の着服した金の分配を要求したとか、着服の手段を教えたとかの風評があつたので、原告は、同人に対し勤務が終えたら来て欲しい旨呼びかけたことがあつたが、同人はこれに応じなかつたので、その後同人に対し若し応じなければ同人の着服事実の真相を上司に報告する旨書面を送つたこと。

以上の原告の右訴外某に対する行動にあることについては、当事者間に争がないが原告のこのような行動が如何なる意図の下になされたものであるかの点及び原告が被告組合から除名処分を受けるに至つた理由については、争のあるところである。

しかしながら、このような実質的な争点に関する判断は暫く措き、まず本件権利停止並びに除名各処分の手続的かしの有無について考察することとする。

成立に争のない甲第一号証、被告組合規約(以下単に規約と称する)の第二十二条には、組合員の制裁(同条第七号)は大会においてこれを議決しなければならない旨規定されているが、この点について、被告組合代表者は、昭和二十八年一月二十八日の組合大会において、原告に対する規約第十三条の制裁の一切は、これを被告組合の訴外執行委員会に一任する旨議決したのであるから、該委員会には、原告に対する本件各処分を議決する権限があると主張するので、考察すると、証人飯坂民蔵の証言により真正に成立したものと認める乙第四号証に右証言を綜合すれば、なるほど、その主張の日開催された代議員制による組合臨時大会において、その主張のような決議(議決方法は賛成者の挙手による)がなされたことは、これを肯認することができるけれども、しかし、果して被告組合の大会は組合員に対する制裁の権限を右執行委員会に委譲できるであろうか。ここで、被告組合における組合員に対する制裁のもつ意義について考えてみると、一方、規約第四条によれば、組合員に対する制裁には、戒告、権利停止及び除名の三種があるが、他方成立に争のない甲第二号証、訴外会社と被告組合との間に締結された労働協約書の第三条、第四十一条第三項及び第四条によれば、訴外会社の従業員は、新規雇傭による二ケ月の試用期間中の者等一部の者を除いては、すべて組合員でなければならず、又訴外会社は、原則として被告組合から除名された者を解雇しなければならないのであつて、いわゆるユニオン・シヨツプ制をとつていることが認られるから、組合員としては、被告組合から受ける制裁の種類如何によつては、訴外会社から解雇される運命に立ち至ることともなる筋合である。してみれば、規約第二十二条第七号は、以上のように組合員の制裁が、その死活に及ぼす影響極めて重大であるため、組合の他の機関によらず、特に同第二十条に規定する被告組合の最高決議機関であつて、全組合員をもつて構成する大会の専属議決事項とした趣旨であると解するのが相当であつて、組合員の資格担保規定であると認めざるを得ないから、被告組合の大会は、右権限を他に委譲することは許されないものといわなければならない。

もともと、訴外執行委員会は、規約第二十五条によれば、組合業務の執行機関であり、又同第十四条によれば、組合が組合員の制裁を行う際の調査機関に過ぎないものであり、しかも前記第二十二条第七号が果して前記説示の趣旨の規定である以上、被告組合が、前示認定のように、原告に対する制裁の一切を右のような性格の執行委員会に一任する旨議決したことは、右第二十二条第七号の規定を改正したにも等しいものであるが、規約第四十七条によれば、規約の改正には、直接無記名投票による全組合員の過半数の支持を必要とする旨極めて厳格な要件の存することからしても、軽々にこれをなし得る筋合のものでもない。

これを要するに、一般的には、組合大会が、組合員に対する制裁を組合執行委員会に一任することは、組合規約において、何等制裁の議決方法を規定していない場合とか、組合大会において議決すべきものと定めてはいるが、なお執行委員会に一任することができる旨の規定の存する場合ならば、その当否は別としても或は許されるであろうが、組合規約に大会においてこれを議決すべき旨の規定があり、且つユニオン・シヨツプ制のもとにある被告組合にあつては、許されるべきではない。

結局、被告組合が原告に対してなした本件各処分は、いずれも議決機関でないものが議決したことになるから、無効であると断ぜざるを得ないのである。

よつて、その余の判断を待つまでもなく、原告の本訴請求は、全部正当としてこれを認容すべきであり、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 千々和政敏 小友末知 阿部市郎石)

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